山口県知事選 山本氏が制す

二井関成知事の任期満了に伴う山口県知事選挙は29日に投開票が行われ、自民・公明が推薦した元内閣官房地域活性化統合事務局長の山本繁太郎氏(無所属)が初当選した。みどりの未来や社民、共産から実質的支持を受けた元大阪市特別顧問の飯田哲也氏(無所属)、元山口県健康増進課長の三輪重之氏(無所属)、元民主党衆議院議員の高邑勉氏(無所属)らは及ばなかった。

得票は山本氏が25万2461票、飯田氏が18万5654票、高邑氏が5万5418票、三輪氏が3万7150票で、当日有権者数118万5190人に対し、投票者数は53万7077人。過去3回連続して続いた現職対共産の一騎打ちから一転、新人候補4名が立候補する選挙戦となったこともあり、投票率は45.32パーセントと過去最低を記録した前回(37.21パーセント)を8.11パーセント上回った。

山本氏は柳井市出身。柳井高校を経て東京大法学部に進学し、昭和47年に建設省(現国土交通省)へ入省。同省住宅局長等を歴任した。今回の知事選では「瀬戸内側の産業再生」や「四境地域(岩国、大島、萩、下関)の振興」を掲げ、幅広く県民の支持を得た。200社以上の企業誘致や2万人以上の雇用創出など、具体的数値目標の提示も奏功した。「イベント屋」であった二井知事のあとを受けた「建設屋」としての呼び声もあり、元建設官僚として国との太いパイプを生かしたインフラ整備に期待がかかる。

飯田氏は周南市出身。徳山高校、京都大工学部を卒業後、昭和58年、神戸製鋼へ入社。原子力は専門分野であるが、「原子力ムラと接するうちに矛盾を感じ」たことで自然エネルギー推進へと転向。平成12年、NPO法人環境エネルギー政策研究所を設立し所長に就任した。今回の知事選挙では落ち目の民主党からの支援を蹴って脱原発と自然エネルギー推進を標榜したが、その他の政策は具体性に乏しく、マスコミに人気の著名人を動員した人気取り戦法も有権者の心はつかめなかった。

三輪氏は山口大医学部卒。臨床医として4年間勤めたのち山口県庁に入庁し、健康増進課長等を歴任した。今回の知事選では、組織選挙はしないと宣言し、霜人会(山口大医学部同窓会)などから直接的な支援を受けず、「健康・安全・安心のための事業に優先的に取り組み、笑顔あふれる山口県にする」と訴えた。しかし、山本・飯田両氏には知名度で及ばず、選挙活動を政見放送と選挙公報に特化したこともあり支持は広がらなかった。

高邑氏は山口市出身。山大付属山口中学校、山口高校、慶応大法学部を卒業後、日本生命に入社。メリルリンチ日本証券への転職を経て、民主党所属の鈴木寛参議院議員秘書を務めたことで政界と関わりを持つ。その後、平成21年の衆議院議員選挙で民主党公認で山口1区から出馬し、現職の高村正彦氏に敗退したが、比例中国ブロックで復活当選。議員を辞職して挑んだ知事選であったが、県庁の小郡移転など県央優遇策は顰蹙を買うだけで広くは受け入れられなかった。

期日前投票の状況から予想された通り、投票率は概ね「東高西低」となった。下関市は県内最低の37.50パーセント、前回最低だった宇部市は37.85パーセントである。候補者の出身地や支持基盤が県東部や県央地区であったため選挙運動もこれらの地域に偏り、県西部は始終蚊帳の外で盛り上がりに欠けた。

今回の知事選は実質的に飯田・山本両氏の一騎打ちとも報じられたが、結果は6万票以上もの差を付けて山本氏の圧勝だった。「投票率が上がれば勝算はある」と息巻いていた飯田陣営であるが、蓋を開けてみれば投票率の高い地域ほど山本氏が得票している。県内自治体で唯一飯田票が山本票を上回った周南市は飯田氏の出身地でもあるが、投票率は46.17パーセントと県平均をやや上回る程度にとどまった。


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