関門地域の一体的発展に不可欠 下関北九州道路早期実現へ議員有志動く

関門地域にゆかりのある国会議員有志により結成された「関門会」は3月31日、下関北九州道路の早期実現に向けた要望活動として、石井啓一国土交通大臣への陳情を行った。

関門会には、安倍晋三首相をはじめ、田中和徳氏、西村明宏氏、野田聖子氏、三原朝彦氏、桝屋敬悟氏、山本幸三氏、武田良太氏、高木美智代氏、岸信夫氏、古田圭一氏、林芳正氏、江島潔氏、大家敏志氏ら14名が参加。会の代表は田中氏が務める。

要望書によると、2月24日に開催した安倍首相を囲んでの懇談会の中で、下関北九州道路の早期建設促進が話題となり、関門地域の更なる活性化に向け、同会の総意として今回の要請活動に至ったという。

市街地河川の横断道路は通常1キロ間隔

下関北九州道路は、下関市と北九州市の都心部を直結する構想で、実現すれば移動時間が大幅に短縮し、関門地域の一体的発展に寄与するものと期待されている。

複数のルートで接続される新潟市街地

東京都心部の荒川、新潟市の信濃川、徳島市・阿波市の吉野川など、都市内に幅の広い河川が流れる地域では、概ね約1キロメートル前後の間隔で道路網が整備され、地形による市街地分断の影響は少ない。

一方、関門地域に挟まれた幅0.7-2.0キロメートル、延長19キロメートルの海域には2本の道路しかなく、平均間隔は他都市の9倍となる9.5キロメートル。しかもその2本ともがほぼ同じ箇所を通り、実際には市街地から離れた不便なルートが1本だけある状態と言える。

下関市役所と北九州市役所の直線距離は約10キロメートルだが、現在、関門海峡を横断する関門橋・関門トンネルは、いずれも都心地域の外側を通る。

遠回りを強いられる現在のルートでは、実際の道のりは直線距離の2倍となる約20キロメートル。混雑が激しい国道3号を避け、都市高速を利用する場合は25キロメートルに延びる。

前述の荒川で例えると、葛飾区役所から東京駅付近へ向かう際、国道6号の四ツ木橋や首都高速6号向島線のルートが存在せず、一旦逆方向の環七通りへ出て足立区へ回り、国道4号を通るしかない、というのが関門地域の道路網の現況だ。

コンパクトな都市内道路だが巻き添えで中止

必要性は極めて高い下関北九州道路だが、かつて全国各地に長大橋を架ける「海峡横断プロジェクト」と共同で要望を行っていたため、平成20年、福田康夫内閣が同プロジェクトの中止を決定した際、巻き添えとなった。

福田内閣の中止宣言を受け、当時の二井関成山口県知事も県の調査と政府要望を停止。民間団体は要望活動を続けたものの、地元の広域自治体が動かなくなったことで停滞に陥った。

河川のように細長い関門海峡(北九州市)

河川のように細長い関門海峡(北九州市)

「海峡」という単語を聞いて両岸が遠く離れた海域を思い浮かべる人も多いかもしれないが、関門海峡は幅2キロメートル以下の海域が延長10キロメートル以上連続し、最も狭い部分は約700メートル。先に述べた荒川の幅は最大約2.5キロメートルであり、関門海峡は都市内を流れる河川に見立てることができる。

関門以外の海峡横断プロジェクトは、10キロメートル程度の幅がある海域に数兆円単位の事業費で交通網を整備するものばかりで、ほとんどの計画は周辺の陸地が半島の先端で人口も少ない。両岸とも数十万人が暮らす市街地が広がる関門地域とは全く状況が異なる。

下関北九州道路は費用面でも実延長でもコンパクトな事業であり、人口の多い市街地を結ぶ都市内連絡道路の性格を持つ。海峡横断プロジェクトとは性質が異なるものであることを、わかりやすく周知する必要がある。

山本前知事が要望再開

下関北九州道路が息を吹き返したきっかけは平成24年、道路の必要性に理解を示した故・山本繁太郎前山口県知事が調査費を復活させたことだ。

同年以降、福岡県・北九州市・下関市など関係自治体も足並みを揃え、調査や政府要望を強化。第二次安倍内閣も発足し、民間や基礎自治体から政府レベルまで、理解のある人物が要職に就いた。

山本前知事は沿岸地域の産業再生に全力を注ぎ、山陰道の整備促進などにも取り組んだが、志半ばで病に倒れ、平成26年に県政を去った。

反対勢力も活発化

実現の機運が高まるにつれ、反対勢力の動きも活発化している。

特に活動的なのが日本共産党で、県議会・市議会で反対の立場から質問を一斉に実施。2月20日に「平和とくらしを守る北九州市民の会」が開催したシンポジウムでは、パネリストとして党関係者や議員らが出席し「無謀」「無駄づかい」などと批判した。

3月29日に施行した平和安全法制への反対活動などとも絡めて、安倍政権批判に繋げたいものと思われる。

このほか、明確な反対活動をしているわけではないものの、妨害とも取られかねない動きを見せたのが民主党(現・民進党)衆議院議員の緒方林太郎氏と毎日新聞だ。

緒方氏は昨年7月24日、下関北九州道路に関する質問主意書を提出。翌月の8月4日、政府は「調査は行わない」とする答弁書を決定した。

質問主意書は、その時点における政府見解を明らかにするものであり、計画が具体化していない当時、平成20年の福田内閣で行った中止決定時点の答弁が返ってくるのは当然である。

毎日新聞西部本社記者の比嘉洋氏、蓬田正志氏はこの答弁書について、あたかも安倍政権が地元の強い要請にもかかわらず「調査をしない」決定をしたかのように読み取れる記事を書き、推進機運に水を差す格好となった。

北橋健治北九州市長は政府答弁書の翌日、8月5日の定例記者会見で、前述のような質問主意書の性質や下関北九州道路の歴史的経緯に触れた上で、「事前に相談があれば延期するよう申し上げた」と困惑した様子で語った。

構図は戦後体制と同じ

推進派を装いながら、ハードルを上げゴールさせない勢力にも要注意だ。産経新聞でしばしば取り上げられている鉄道併設案が典型例で、実現性の高い道路に対し、関係機関において極めて複雑かつ困難な調整作業を伴う併設案を唱えるのは、本気で実現を願う者にとって障害となりかねない。

下関北九州道路は構造や事業費こそ未定であるものの、ルート帯は下関と小倉を最短距離で結ぶ位置、すなわち彦島-小倉北区間でほぼ決定している。この位置に鉄道を通すには、既存の北九州貨物ターミナルや日豊本線との接続など多くの問題があり、すべて移設となればそれこそ海峡横断プロジェクト並みの事業費となる。

産経新聞は昨年9月22日、下関北九州道路の復活と海峡横断プロジェクトの復活を混同させるような記事を掲載したが、復活したのはあくまで下関北九州道路であって、海峡横断プロジェクトではない。両者を混同させるのは意図こそ違うかもしれないが、朝日新聞の記事と同じである。

戦後レジームの打破を掲げる安倍首相には、様々な勢力が立ちはだかる。憲法改正に表立って反対するわかりやすい護憲派のような集団もいれば、味方を装っていきなり「9条改正」などとハードルを上げる者もいる。すべて敵に回す必要はないにしても、後ろから刺されることは避けたい。

ハードルを上げている側の人々は、計画潰しが目的でないのならば、理想を追い求めるだけでなく、より実現可能性の高い方策に舵を切り妥協することも必要だ。結局はそれが理想への近道になる。

粘り強い活動と丁寧な説明を

関門会の三原氏は、要望活動を報告するブログ記事の締め括りに「これから再度関門地域の人達の希望と、本州-九州幹線の交通機能充実を実現する為に活動します」と記載した。

下関北九州道路は、両県市が実施したアンケート調査で、「必要」との回答が企業・住民とも約7割に達している。

最大の力になるのは国民の声、市民の声。関係者には実現に向けた粘り強い活動とともに、必要性について丁寧な説明を継続し、広く理解が得られる環境を醸成することが求められる。


(記事編集:

おすすめ記事(Google提供)

宇部ジャーナルの最新記事